高級ブランド店舗数から考える給与較差補填と税務問題

  1. 街にあふれる高級ブランドの看板
上海では街のあちこちで高級ファッションブランドの看板が目に入ります。若年層から壮年層まで高額消費への欲求は高いようで、コロナによる制限という側面もありますが入店行列が市内のあちこちでみられます。
東京より店舗数が多いのではないかとも思い、GUCCI、Louis Vuitton、PRADAの三ブランドの店舗数を上海と東京とで比べてみました。各ブランド公式ウェブサイトのストア検索で表示される店舗数は以下のとおりです。
ブランド
上海店舗数
東京店舗数
GUCCI
15
20
Louis Vuitton
5
15
PRADA
4
11
東京は百貨店に入っている店舗が多い一方で上海ではショッピングモールに店を構えるブランドが多く、その要因で上海の方が店舗が多いように錯覚したようです。
次にこの種のブランド品は税抜きなら世界同一価格だろうとは思いましたが、一応相場感共有のため、それぞれの代表的な品番を選んで比較してみました。
ブランド/品名
上海価格(円換算)
東京価格(円税込)
GUCCI マーモント ミニトップ ハンドルバッグ
287,000
247,500
Louis Vuitton オン ザゴ- GM
400,500
369,600
PRADA ドゥーブレ ミディアムバッグ
418,000
374,000
上海での売れ筋価格帯は1万元から2万5千元というところ、中高価格帯の品番が売れています。
さて私はここでブランド品の中国販売動向を論じたいわけではありません。それでもブランド各社が中国の購買力を日本と遜色ないと評価するからそれなりの出店があるわけで、ここではそれだけの購買力を持つ中国中間層の給与水準は日本のそれと比べて高いのか低いのか、またそれが税務問題や投資判断にどう関係するか、について論を進めていきたいと思います。
2.日本の税務における給与較差補填の寄付金認定判断基準
法人税基本通達9-2-47には「出向元の法人が出向先の法人との給与条件の較差を補てんするため出向者に対して支給した給与は、出向期間中であっても、出向者と出向元の法人との雇用契約が依然として維持されていることから、出向元の法人の損金の額に算入されます」と規定されており、「出向先の法人が海外にあるため、出向元の法人が留守宅手当を支給する場合」もこれに該当します。
それなら、国外への出向者に現地給与水準で支払われる現地給与と出向元の給与条件で支払われる給与の差額も較差補填として出向元の日本法人で負担してもいいではないか、となりそうなものですが、日本の税務当局は「出向者の出向先での勤務であがる成果が出向先法人に帰属する以上、出向者の給与は原則として全額出向先で負担すべきであり、較差補填は例外である」というスタンスであり、出向元法人が負担する妥当性がなければ寄付金として認定し、損金として認めません。負担の妥当性判断のポイントはいくつかありますが、「現地の給与水準と日本のそれとに明らかな差があるか」及び「出向先法人の利益水準は妥当か(=かなりの利益をあげているなら日本が負担すべきでははい)」の二点が重要です。
3.年収一千万円は高いのか安いのか
人材会社等のデータベースや調査報告書を以て現地の給与水準を客観的に証明することは可能でしょう。要は調査担当官が納得感を得られるかどうかですが、上海の街を闊歩する人々の様子をみるに、年収一千万(日本)円は中国の一級都市の勤務者には普通の所得であり、仕事を取ってくる営業職や腕利きの技術者なら百万元稼ぐのは当然というのが私個人の肌感覚です。日中給与水準に格差は存在するのか、逆転現象さえ生じているのではないか。。。
較差補填給与を日本で負担し続けていれば寄付金課税の問題になりかねないにもかかわらず現地負担に踏み切れない要因として「現地職員と出向駐在員との給与格差が明るみに出てしまうこと」をあげる例は依然として多いようです。中国人一般の感覚として、自分と関わりのない人の所得を自分と比べたりはしない一方で、身近の人との給与格差は多少であっても気にするようです。納得感があり、自分にも同様に稼ぐ機会がある(ガラスの天井ではない)なら格差は許容されるでしょう。あって当たり前、悪平等は有能な人材のやる気を減退させる、とも思います。
出向者が給与に見合った働きをしていれば現地スタッフは自分の給与と出向者との格差を問題視しないでしょう。給与の全額現地負担化に心理的抵抗を一番感じるのは当の出向者なのだと思います。給与負担の現地化における最大の心理的ハードルが取り払われれば、出向者給与の全額現地負担化によって、本社負担の較差補填給与が解消され、寄付金課税問題は解決します。
4.給与負担の現地化を推進する対外送金手続の簡便化
出向者の給与が全額現地払いになって面倒なのは日本での各種決済のために日本に送金する必要がある当の出向者です。それがために負担の全額現地化に躊躇する会社もあると思いますが、中国勤務者が給与を国外送金する際の手続が最近では簡便化されてきています。
「外国籍人材の外国為替購入送金の便宜化試行通知(上海匯発(2020)77号)[1]」は、上海市で工商登記している企業に勤務する、工作許可証(Work Permit)を有する外国籍人員の国外送金について規定しています。
手続はウェブサイト上での登録から始まります。自社の有効な工作証(Work Permit)を有している外国籍勤務者がリストアップされ、国外送金を申請する対象者を選択すると(”同歩許可証”をクリック)対象者が証明写真付きで表示されます。給与送金外為申請(”申請薪酬購匯“)をクリックし、具体的な情報を入力します。ほとんどは工作証の取得/更新で使用する情報(居住地、勤務期間、月額報酬、年収など)が自動的に表示されます。年度納税額は自ら入力する項目なので、直近年度の年度納税総額を記入します。登録が完了すると書面様式の”FAST PASS(外籍人材薪酬購匯専用信息表)“が発行されますので、これを印刷し、自社の印鑑を押して工作証の登録管理部門(「xx区出境管理中心」など)に持参し、内容確認を受けて押印をもらえば登録完了です。送金の年度上限額は、年収から年間納税額を差し引いた純額です。
筆者も実際に当該資料をもって、中国銀行で送金を試してみたところ、大きなトラブルもなく送金手続が完了しました。各地で一般的な送金手段として普及していくことが期待されます。
5.税務問題解決手段としての給与の現地負担化
「較差補填給与」いわゆる“日本払い円給与”の制度的存在は日本における寄付金課税問題をはらみながらも、駐在員の便宜(留守家族の生活資金、継続加入する日本の社会保険の個人負担分引き落とし用など)を考慮したものであり、さらには送金の手間を考えて継続してきた日系企業は少なくないかと思います。上記で紹介した対外送金手続の簡便化は、派遣者給与の現地負担化を推進する制度施行ともいえそうです。送金にかかる手数料は約0.3%。100万円につき3千円[2]というところで、それほど大きな負担ではありません。欧米企業ではデフォルトともいえる給与の全額現地支給で、この機に寄付金課税問題を根本的に解決するのも一考です。
給与の(全額)現地支給/現地負担化はまた、移転価格問題の軽減にもなりえます。
日本本社における移転価格リスクが高い某企業グループでは、現地法人の利益水準が高い(故に日本の移転価格リスクが高い)理由のひとつに派遣人員のコストを現地が全額負担していないというものがありました。現地法人の利益水準が高ければ寄付金認定されるリスクも高いわけですから、較差補填給与制度の継続運用はその点からも見直されるべき時期にあったといえます。
6.給与の負担現地化で経営判断も明らかに
ここまで、現地法人の利益水準が高い場合における給与負担の現地化を論じてきましたが、実は経営の芳しくない現地法人こそ給与の全額負担現地化が必要ではないかと考えています。つまり、
「中国に残るか、残らないか」
経営判断の明確化です。現地法人のパフォーマンスを良く見せることが目的になっていないか、進出したからには存続ありきとなってはいないか。
「現地法人が赤字となって資金不足となり、増資となれば取締役会議案となり厄介だ。資金不足にならないように日本で費用を持ち、情報提供名目で売上を付けておこう」
それが中国事業の進退見極め時期を遅らせるだけになっていないか、考えてみる時期かもしれません。利益率が低いと中国での移転価格税務調査にも繋がりますが、それはある意味、“撤退”のサインなのかもしれません。
撤退も辞さずと腹を括った会社は、税務調査でも交渉力を持つわけで、譲歩を勝ち取れる可能性も出てきます。ただし課税されなかったことで一転存続決定となり、それが為に欠損が拡大して撤退時期を見誤った、では本末転倒、笑うに笑えませんのでご注意を。
[1] 同様の規定は各地で施行されていますので当地の規定をご確認ください。
[2] 中国銀行の場合です。

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