BEPS対応ということで中国では移転価格文書に関連する42号通達が出されている。移転価格、中国税務専門家として、中国当局の視点を意識したマスターファイルの作成に関するワンポイントアドバイスを差し上げたい。

 マスターファイルは、日本の税法基準に基づき連結売上高1千億円超の多国籍企業グループは最終親会社にて作成することとなろうが、日本でマスターファイルをつくる企業グループ傘下の中国法人は、所轄の税務局の要請があればそれを提出する義務がある。提出期限は最終親会社の決算日から1年以内なので、20173月期のマスターファイルを20183月までに作成しておき、要請次第提出すればよい。中国当局への提出には中国語版を要する。英語版を間違って解釈されるよりは中国語ではっきりと伝わった方がよい。それぐらいの手間は仕方ないだろう。

 次にマスターファイルの内容について。中国当局は外国法人の親会社が作成するマスターファイルに非常に期待している一方で、中国本社の作成するマスターファイルが国外税務当局の目に晒されることにも神経を尖らす。従って、マスターファイルの規定ぶりとしてはBEPSに沿う内容とならざるをえなかったようだ。日本の租税特別措置法と中国42号通達を比べてみても、規定ぶりに大きな違いはない。日本の基準に従ってマスターファイルを作成すればよいということである。マスターファイルのうち中国当局の注目するところは、研究開発拠点の所在地と活動内容、無形資産の所有権の所在と内容であろう。

 無形資産の一覧表をみて「こんな技術があるのか」と思い、「出願している特許の内容を説明せよ」という要求が出るかもしれない。

また、ユニラテラルAPAの概要は本邦基準でも記載が要請されているのでマスターファイルで開示される。中国子会社に関係がなくても、記載があれば当局はその内容に興味を持つのではないか。立て付けとしては、中国子会社移転価格の調査の前段階としての情報収集と言わざるをえないであろうが、実際には単に日本で行なっているユニラテラルAPAの内容を自国のAPAの参考としたいだけであり、子会社の調査とは直接関係がないことが多くありそうである。日系大企業の中には、税務調査とは無関係に情報収集のためにマスターファイルの提出が要請され、その内容、特に日本の当局が締結したAPAの内容をデータベース化し、今後の日中相互協議の参考資料とするために、資料要求を求められることがあるのではないかと考えている。

 役務提供や無形資産使用許諾契約書の一覧表を記載するので、契約書の具体的な内容についても「調査対象会社選定の参考とするので、この契約書を見せなさい」と言ってくる当局がありそうである。重要性の判断基準を定めて、リストに開示する契約書もぎりぎりまで絞り込む必要がある。

 筆者はマスターファイルの内容修正や追加資料要求というものは、本国の当局が行うのならいざ知らず、他国の当局が求めるべきではないと考える。これを許せば際限がなくなる。資料請求はあくまでも中国子会社のローカルファイルに関連する情報に関するものに限定されるべきだ。

 次にマスファーファイルの提出様式について。日本で作成したマスターファイル(中国語版)は中国子会社から所在地の税務局に提出する。最近の中国当局の実務では、PDF形式による電子ファイルでの提出を求めてくることになろう。パスワード設定するなど、できるだけ情報拡散を防ぎたいところであるが、どこまで有効であろうか。つまりは情報が拡散することは念頭に置いた上でマスターファイルを作成すべきである。マスターファイルの論点は、内容も然ることながらその拡散防止をどうするのか、ということと、マスターファイル後の資料提出要請をどう取り扱うか、が実務的なポイントとなる。マスターファイルの提出も、追加資料の要求も、当局の担当官レベルが気軽に要請することも多い。調査はさておきまずは情報集めという動きも多いからだ。所轄内の大手企業全てにマスターファイルの提出を求めることもありうる。調査なのか単なる情報収集なのかは当局も言わないのでやっかいだ。

 最後にマスターファイル作り込みの程度感について。マスターファイルはグループの概況説明であり、定性的な記述を原則とする。例えば移転価格のポリシーの記述なら、“コストプラス法を原則とする”という定性的な記述はするが、“マークアップ率は5%である”などの定量的な記述はしない。マスターファイルは全ての取引をグローバルレベルで詳細に記述する書類ではなく、グループ全体の取引を俯瞰的に眺めるための資料として、“こういうものをつくりました”という程度のものを用意した方がよいと思う。作り込みすぎない、ほどほど感のあるマスターファイル、それでいて全体の概要は分かる資料。企業の皆様がマスターファイルを作成する際の参考とすべく書籍を出版[1]しているので参考とされたい。ただし本書籍では、少々肩に力が入りすぎて定量的な情報の記載もテンプレートとして掲げている。筆者の今の考えとしては、マスターファイルとはグループの活動を言葉で説明する資料であり、定量的な情報は基本的に公開情報の範囲に留まり開示するのがよいと考えている。

 


[1] 『「マスターファイル」の作成実務』(編著:鈴木康伸 中央経済社刊)